STORY 01
大気浄化塗料
開発プロジェクト
STORY 01
大気浄化塗料開発プロジェクト

前例のなかった
「触媒の塗料化」に成功。

オゾンは大気圏外では不可欠な物質だが、人体には有害である。アイシン化工では2019年、オゾンを酸素へと分解する触媒を、利用しやすい塗料とすることに成功した。誕生した「大気浄化塗料」は、国内自動車メーカーが発表した、電気自動車のコンセプトカーに採用された。

  • (左)化成品技術部 防錆·接合剤グループ
    澤上 利貴
  • (中)化成品技術部 防錆·接合剤グループ
    主担当 高平 孝嘉
  • (右)化成品技術部 防錆·接合剤グループ
    堀井 誠治
Chapter1

自動車メーカーが開発途中で
断念していた「触媒の塗料化」。

「オゾン(O3)を分解して酸素(O2)にする触媒を、塗料にできないだろうか?」。お客様である自動車メーカーから相談を持ちかけられたのは2017年のこと。このお客様は、2012年から触媒の国内トップシェアメーカーと共同で開発に取り組んでいたが、塗料化のノウハウがなく暗礁に乗り上げていた。そこで、以前から自動車用の防錆塗料で取引のあったアイシン化工に声がかかったのだ。

オゾンと聞くと、はるか上空で起きている「オゾン層破壊」を真っ先に思い浮かべる人が多いだろう。もちろんそれも大きな環境問題だが、オゾンは地表近くの大気中にも存在していて、人が吸い込めば有害。また、揮発性有機化合物(VOC)が紫外線で分解されるなどして大量に発生すれば、光化学スモッグを引き起こすこともある。

北米ではすでに、大気中のオゾンを分解する機能を搭載した自動車に減税制度が適用され、空気を取り込むラジエータにそのための塗料を採用した例があった。これに対してお客様が実現しようとしていたのは、やはり空気の通過量が多い箇所ではあるが、ラジエータへ風を送る「電動ファン」と、車体の前面にあるフロントグリルを開閉する「グリルシャッター」に適した塗料。営業担当を通じて相談を受けた化成品事業部の高平は、「アイシン化工の将来のためにも、このような防錆塗料以外の新製品に取り組んでいかなければと感じました」と話す。

Chapter2

触媒粒子の分散と安定性、
そして樹脂への密着性能という課題。

前例のない「触媒の塗料化」の試行錯誤が始まった。触媒そのものは、すでに自動車メーカーが触媒メーカーと共同で開発していた製品の提供を受けた。

塗料にするための課題は大きく分けて2つ。第一は、塗料中の触媒粒子の状態だ。触媒反応で大気を浄化するには、塗料中に含まれる触媒の粒子が、塗装後、極力大きな表面積で塗装面に顔を出し、大気にふれるようにしなければならない。
それには、触媒の粒子をできるだけ細かくして、塗料中で一様に分散させる必要がある。またその粒子が、塗料の保管中、最低3カ月間は再凝集せず、安定した状態を保てるようにしなければならない。

第二の課題が、「樹脂に塗装する」こと。塗装する箇所は、前述のように、電動ファンとグリルシャッター。これらは樹脂部品で、従来アイシン化工が相手にしてきた金属とは性質が違う。
塗料を密着させるために、部品そのものをプラズマで前処理する方法も考えられるが、そうすると自動車部品の生産工程が一つ増えてしまう。おまけに、前処理の状態が悪いと、塗料そのものには問題がなくても、はがれてしまうこともあり得る。そこで、前処理なしで高い密着性が出るようにする必要があったのだ。

高平は、第一の課題をクリアする、触媒の粉体が入った塗料成分「スラリー」と、第二の課題をクリアする、塗料を樹脂の自動車部品にくっつける役割の「バインダー」を別々に開発し、それらを混ぜて最終的な塗料とするよう製品を設計した。

Chapter3

数え切れない試行錯誤。
失敗からも手がかりを得て完成へ」。

高平の考案した設計をもとに開発実務に当たったのが、当時入社2年目だった澤上だ。
地道な試行錯誤が始まる。触媒が均一に分散し、長期間の安定性を保つスラリーを実現するため、「分散剤」の種類や分量、混ぜる順序をさまざまに変え、試作しては粒子のサイズやpH、粘度を測定して評価した。
「粒子が細かすぎてもうまくいかないし、分散させる時間が少し違うだけでも大きく変わってしまう。材料同士の相互作用で、予期しない結果になることもありました」と澤上。
スラリーの目星がつくと、バインダーの候補である樹脂を混ぜ、同様の評価を繰り返す。テスト用の板に塗り、密着性やオゾンの浄化性能も評価した。
「スラリーの状態ではうまくいったのに、バインダーと混ぜた瞬間に固まってしまうものや、翌日になって固まるものもありました」。
主要な性能を満たしているのに、ある性能だけが不足していた場合には、その性能がすぐれている配合を参考に、底上げを図る。そうした努力を重ね、完成形へと近づけていった。

最終的には電動ファンやグリルシャッターに塗布して性能評価を行ったが、前例のない製品だけに、その評価方法も手探り。触媒メーカーと検討を重ねて、測定方法を決めるところから行った。その前には、自動車メーカーと協議し「触媒塗料を塗布することで、他に悪影響が出ないか」という問題もクリアした。

2019年夏に完成した大気浄化塗料は、冒頭のように、自動車メーカーのコンセプトカーに採用され、大々的に発表された。一つの答えにたどり着くために、2年間にわたり試した配合の種類は相当な数に及ぶ。
澤上は、「これならうまくいくと思ったものが、その通りにならかったときは、けっこうショックでしたが、経験のすべてが学びでした」と言う。それを受けて高平は、「新しいことをやるときは、なるべくたくさん失敗した方がいいんだよ」と笑顔で語る。

Chapter4

自動車のために創出した技術が、
多彩な場面で環境に貢献するように。

製品の完成後、アイシン化工では、お客様である自動車メーカーの「自動車用に生み出した技術を、自動車以外にも」という意向を受け、幅広い分野で大気浄化塗料の用途を探っている。その一つが農業関係だ。オゾンは植物にも有害で、除去できれば生育がよくなると期待できる。そこでまず実用化されたのが、土の代わりに植物を植えられるスポンジ状の材料「植物支持材」への応用だ。建物の壁面緑化などを目的に新しく開発された植物支持材に、アイシン化工の大気浄化塗料が採用されることになった。

その塗布方法を開発したのが堀井だ。堀井は「塗りにくい柔らかなスポンジ状のものに、すみずみまで塗って触媒の表面積を増やし、なおかつ塗料のムダを最小限に抑える。こうした難しい塗布の条件を、お客様や塗装会社と検討しながら導き出しました」と説明した。
現在は、より複雑な形状の物体に、最大の塗布面積で効率的に塗装できる方法の開発に取り組んでいる。

「今後は益々環境に配慮した製品開発、技術革新が求められる。使用する材料、製品を製造する工程についてもよく考え開発を進めることが重要」と高平は語る。
多くのものに採用されるほど、環境問題への貢献度も大きくなる。製品の完成はゴールではない。可能性を広げるための模索は、今も続いている。